東京地方裁判所 平成3年(ワ)18323号 判決 1992年3月27日
原告 大和自動車株式会社
右代表者代表取締役 新倉尚文
原告 図師忠行
右両名訴訟代理人弁護士 永島寛
被告 内田剛隆
主文
一 原告らの請求をいずれも却下する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
一 原告らは、「原告らの被告に対する別紙交通事故目録記載の交通事故に基づく不法行為を原因とする損害賠償債務は、原告ら各自について存在しないことを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因として、次のとおり述べた。
1 交通事故の発生(以下、この事故を「本件事故」という。)
別紙交通事故目録記載の交通事故のとおり。
2 本件事故は、原告図師がその運転する普通乗用車(以下、「加害車」という。)を走行する際に前方を注意して進行すべき注意義務を負っているのにこれを怠り漫然と走行したためである。従って、原告図師は民法第七〇九条により損害賠償責任を負う。
3 原告大和自動車は加害車を所有し自己のために運行の用に供しているのであるから、自動車損害賠償保障法第三条による損害賠償責任を負う。
4 被告は、本件交通事故により、右下腿打撲の傷害を受け、春山外科病院に平成三年九月一六日より同年一〇月二八日まで通院(通院実日数七日)した。
5 ところで、本件交通事故による被告の受傷は右下腿打撲傷であるが、被告には他覚的異常所見がない。一般に、他覚的所見のない打撲症は受傷後一箇月程度で治癒するものであるし、被告は、平成三年一〇月二九日以降病院に通院していないのであるから、被告の右傷害は遅くとも本件事故発生により一箇月半を経過した平成三年一〇月三〇日には治癒したはずである。
6 被告は、本件事故により、左記のとおり合計九万八七三〇円の損害を受けた。
(一) 治療費 四万六九三〇円
春山外科病院の通院治療費
(二) 休業損害
被告の収入については不明であるところ、被告は確定申告をしておらず、また被告にその他の収入を証する資料もなく、更に被告が本件事故により休業損害を受けたことを証する何らの合理的資料もないので、被告には休業損害が存在しない。
(三) 慰謝料 五万一八〇〇円
7 過失相殺
(一) 本件事故現場付近は、通称明治通りと称され、歩行者横断禁止区域であり、本件事故現場には歩行者横断禁止標識が設置されている。歩行者は、歩行横断禁止区域の道路を横断してはならず(道路交通法第一三条二項)、しかも本件事故現場にはガードレールが設置され歩車道を物理的に区別しており、更に本件事故現場から僅か五〇メートル位先に横断歩道があって、道路を横断しようとする歩行者は横断歩道の付近ではその横断道路で道路を横断しなければならない(道路交通法第一二条一項)のであるから、被告は本件事故現場の明治通りを横断するには、五〇メートル位しか離れていない横断歩道を横断すべき法津上の義務を負担し、右義務を履行していれば本件事故は発生しなかったのであるから、被告の過失は大きい。
(二) 本件事故の発生にあたり、原告図師には前方不注視の過失があったのであるが、被告にも右のとおり、左右を十分注意しないで横断禁止場所を横断した過失があるので、この過失を斟酌し、被告の損害に対し五割の過失相殺を行うことが相当であり、そうすると、被告の受けた損害は四万九三六五円となる。
8 損害の支払
原告大和自動車は、被告に対し平成三年一〇月一日頃金二二万円を、春山外科病院に対し治療費四万六九三〇円の合計二六万六九三〇円を支払済である。
9 従って、原告らが本件事故により被告に対して負担している損害賠償債務は存在しない。
10 原告らは、被告との間で円満解決をめざして交渉をしてきたが、被告は、原告らに対し、本件事故による被告の損害賠償請求債権が多額にある等と主張して全く応じようとしない。
11 よって、原告らは、本件事故に基づく損害賠償債務について、被告に対しては全く負担していないので、請求の趣旨記載の判決を求める。
二 被告は本件口頭弁論期日に出頭しないし、答弁書その他の準備書面を提出して、自己の損害を主張しない。
三 当裁判所の判断
先ず、確認の利益の有無について判断する。
確認訴訟においては、確認の利益、即ち原告の権利又は法律関係に現存する不安があり、これを除去するに権利又は法律関係の確認をすることが必要かつ適切な方法であること、を要する。金銭債権に関する確認訴訟においては、原告の主張する金額と被告の主張する金額とが異なるときは原則として確認の利益は認められると考えるが、損害賠償債務の債務不存在確認訴訟においては、確認の利益をこの様に解するだけでは適切ではないというべきである。即ち、貸金債務の債務不存在確認訴訟においては、ある一定額の貸借の有無、ないしそれを前提として弁済の有無ないし弁済額が争われるのであるが、この点に関しては裁判所ないし当事者に裁量の余地はなく、従って、原告の主張する現在の消費貸借額と被告の主張する現在の消費貸借額とが異なるときは原則として確認の利益の存在を認めることができる。しかし、損害賠償債務の債務不存在確認訴訟においては、損害額の算定のみに関しても裁判所にかなりの裁量が認められており、この反面として当事者がそれぞれ算定する損害額もまた異なることが通常である。そうすると、損害賠償債務の債務不存在確認訴訟において、当事者の主張する損害額が異なるというだけで確認の利益を肯定することはできず、更に、この違いを解消すべく当事者が誠意をもって協議を尽くしたがなお示談が成立しない事情若しくは加害者の誠意をもって協議に応ずることのできない被害者側の事情をも要するものと解することが妥当であると思料する。そして、確認の利益に該当する具体的事情は原告ら(加害者)において主張し、かつその証拠を提出することを要するというべきである。
本件においては、原告らはこの点に関する主張立証を行わないのであるから、結局確認の利益を認めることはできない。
四 結論
以上のとおり、原告らの本件請求は確認の利益を欠くから、その訴えを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項を適用して、主文の通り判決する。
(裁判官 長久保守夫)
<以下省略>